昔話し

昔話し

●なまずの話
天若の楽河に“明見”という地名があり、林業従事者の信仰が厚い“山の神”が祀られている。楽河では、この神様の使いはなまずであると言われている。なぜ、なまずが神様の使いなのか。一つの昔話が楽河に伝わっている。
楽河は、かって“あくが”と呼ばれていたといわれる。そのあくがでは、山仕事に出てけがをする人が多く、何かのたたりではないかと恐れられていた。ある時、村の老人が川で魚つりをしていると、大きななまずが川上に向かって泳いでいくのが目にとまった。老人はそのなまずの大きさに驚いて、川原を伝ってあとを追いかけた。 すると、なまずは大きな樫の木のある対岸のこんもりとした林の付近まで来て、ぴたりと止まった。見ると、なまずの背中に、林の一隅から夕陽の反射した光が照らし出されていた。老人が、夕陽の光を反射している林の一隅に近寄ってみると、大きな樫の木のあたりに、小さな鏡があった。ここに夕陽が反射して、なまずの背中を照らし出していたのだ。
老人がそのことを村に帰って人々に話すと、「その鏡こそ山の神のご神体に違いない。そして、なまずは神様のお使いだったのだ」ということで意見が一致した。あくがの人々は祠を作って、鏡をご神体として祀った。なまずを獲らないようになったのは言うまでもない。そして、以後山でけがをする人もなくなり、“あくが”の地名は、いつ頃からか“楽河”に変わり、その名の通り楽しい土地になったという。

●郷愁を呼ぶ地蔵
野辺の地蔵には、懐かしさがある。忘れかけていた郷愁も……。
<首なし地蔵>
扇状に広がる日吉の中央の谷を五キロさかのぼれば木住の「首なし地蔵」だ。お地蔵さんには、名のとおり首がない。初めから首がなかったのか、それとも途中でなくなったものなのか、定かではない。目の病気に霊験あらたかで、供花が絶えることはない。

●伝説
木住の谷に老人と孫が二人で住んでいた。老人は体が弱く、若い働き手がいないので、二人の暮らしは貧しかった。ある時、孫が目を患い、やがて盲目に。
老人は「首のないお地蔵を祭るように」とのお告げを夢に見る。それに従うと、孫の目はたちまち見えるようになった、という。目の病気にご利益がある。 谷あいが三角形状に広がる胡麻地区には、名の通った二体の地蔵がある。

<油かけ地蔵>
油を頭からかけ、願いを込めると、どんな願いもかなう、と伝えられる。油のなかでも、ナタネ油を特に好まれるとも。昔から油をかけられ続けた顔面は真黒に汚れてしまい、目鼻立ちさえはっきりしない。かつては、この地蔵のそばに桜の大木があって、遅咲きの美しい花をつけたという。

<袖なし地蔵>
二十糎ほどの花崗岩に、地蔵が薄く浮き彫りされている。頭の部分が割れて無い。袖なしという名の由来もはっきりしないが、物を失った時に願をかけると、かならず出てくるという。
以前は野ざらしだったが、この地区の信者らが小さいほこらを建てて、なかに袖なし地蔵を安置した。

●夢窓国師と国師岩
黒染の衣に身を包み、巨岩に端座する禅僧の背を、折からの十六夜(いざよい)月が明るく照らし、眼下の淵のススキがそよぐ。
「……色即是空、空即是色、受想行識……」経文は峡の山々に谺(こだましして)して、とり入れの進む平和な里に静かに流れてゆく。
時は元徳元(一三二九)年十月半ば。このところ毎夜豊作を祈念する如く、読経が続いている。
この僧こそ、南北朝時代の名僧とうたわれる夢窓国師その人の姿であった。
四ツ谷東谷にある巨岩、国師岩は、その昔夢窓国師が諸国行脚の途中、この岩上にあたって座禅を組んだと伝えられている。
そういえば、附近にユデン橋と名付けられている橋がある。ユデンとは、湯あみの湯田か、その昔、夢窓国師はじめ修験者達がここで禊をしたであろうように、昭和初年ごろまでは行者講の禊の場ともなっていた。
現在の国師岩は小さくなっているが、以前は倍以上の大きさであったと言われ、府道園部平屋線が六尺幅から十二尺幅の道路に改修された時(約八十年前)、さく岩して、道路の側壁として使用されたそうである。

●雨乞いの石
胡麻の塩貝地区に大将軍神社という神社がある。
この神社の祠の中に「雨乞いの石」が安置されている。日照りが続くと塩貝の人は集って、雨乞いの神事を行う。先ず、お千度を踏んで、この石を祠から取出し、近くにある井戸に漬ける、それから下の広場で火をたき、お神酒をいただいて雨乞いをするのだ。
では、この石をどうして何処から持ってきたのか、どんな謂れがあるのか、これには次のような伝説がある。

●伝説
胡麻から角倉了以邸に奉公に上がった娘が居た。娘は同じ部屋の先輩の一人が、何時も夜中にスーと部屋を抜けだしていくのに気付いた。そして翌朝になると、かの先輩の履物が濡れているのだ。
ある夜、この不思議な行動を確かめようと、娘は彼女の後をつけた。彼女は保津川べりに佇むと、着物を脱ぎ捨て、下着姿になってザンブと川に跳び込むではないか。そこで、凝視する娘の見たものは、気持よげに泳ぎ廻る一匹の白蛇の姿であった。「あッ!」と思わず出かかった声を飲み込むと、その場から逃げ帰ろうとした。
と、「ちょっとお待ち!」という声。後にかの先輩が立っていた。
「堪忍して!誰にも言いません。許して下さい。」娘は必死に歎願した。
「本当に誰にもしゃべらないなら許してあげましょう。しかし、もう角倉様の家からはおいとましてほしい。」「約束を守るなら、見逃してあげます。今まで、あなたは私によく世話もしてくれました、形身にこの石をあげましょう。この石は『雨乞いの石』なのです。日照りの時はこれを井戸に漬けてお祈りすると雨に恵まれます。」
このように言うと朱に白い筋の入った石を娘に手渡した。
……そして姿を消した。
娘は約束を守って角倉邸を辞し胡麻に帰って来た。かの『雨乞いの石』をしっかりとかかえて……